この一冊・本誕生のドラマ

ほかの本

●実測術
●エドゥアルド・トロハの構造デザイン
●水辺から都市を読む

「日本の伝統的都市空間」
デザインサーベイの記録 宮脇檀・法政大学宮脇ゼミ
 A3判 45,000円  中央公論美術出版発行

●「宮脇さんのデザインサーベイの図面 が全部そろっているんだけど、小川さん出さない?」
 それは高尾宏さんのこんな一言から始まった。
  デザインサーベイといえば、1970年ころ宮脇檀さんが学生を引き連れて、全国の代表的な集落を調査したということだけは知っていたが、その全貌は雲をつかむようなものであった。しかし、当時の宮脇ゼミの残党が集まって図面 を整理していること、ホームページで公開する作業をしていることなどを聞いているうちに、次第にその作業に引き込まれていったのであった。
●50代中ほどのコアスタッフ7人は個性的だが、頼もしかった。しかし、なんといってもサーベイは30年も前のこと、皆の記憶もかなりあやしいところがある。前途の困難は十分予想された。
 そこで、こちらも作戦を考えた。まずみんなの足並みを揃え、記憶と当時の臨場感を取り戻すため、「実測」そのものがどのように行われたのか、記憶をたどって実測の実情をまとめようじゃないかと提案した。しかし、宮脇ゼミだけでは、いかにも古すぎる、いま旬の陣内秀信先生にご協力いただいて、昔と今の実測調査の実情を対比して記録しようということになった。
●ここから1年かけて『実測術』という、陣内ゼミと宮脇ゼミの共著の、世にも珍しい本ができあがった。これはこれで、実測調査をめぐる喜びや失敗談が、リアルに描かれていて実に楽しい本になった。
 これと平行して、図面や写真の収集が続いた。
●倉敷から始まって、馬籠、五箇荘、琴平、稗田、室津とそれぞれ特徴のある宿場、環濠、門前町、漁村等の集落全体の屋根伏図、全体平面 図、断面図等、緻密に書き込まれた図面は圧倒的な迫力があった。
 話しているうちに、みんなの望みがあきらかになってきた。図面を50%に縮小して全部切らずに収録したい。図面 は幅約1m長さ4mに達するものまである。それは、A3判、すべて折り込みという、前代未聞の本を意味していた。こんな出版不況のおりにそんなむちゃな、というのがいつわりのない気持ちであった。
●いまどき、そんな話を聞いてくれるのは、日本中で、中央公論美樹出版しかない。こちらも腹を決めて、ある一夜スタッフに集まってもらった。そこへいきなり中央公論美術出版の小菅社長をご案内した。もう、なるようになれという心境であった。宮脇ゼミのスタッフは平気で口々に、A3判がいい、折り込みで…など要求を主張した。驚いたのは、小菅社長の返答だった。「面 白いじゃないですか。やりましょう」即決であった。
 それからの作業は、前代未聞の作業の連続であった。スタッフ間の意見の調整、図面 のスキャン、製本の方法等次から次へ困難が続出した。個性的なコアスタッフとの2年にわたる共同作業は、実に、苦しくも楽しい充実した日々であった。
●最終的には驚くべき立派な、しかし45,000円という高価な本になったが、発売1ヶ月で初版が売りきれた!と言われて、みんな本当に驚いた。コアスタッフとともに手をとりあって喜んだものであった。冥土の宮脇檀さんもきっと許してくれるだろう。